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海音寺潮五郎「孫子」

昨年12月の初めに海音寺潮五郎の本を10冊ばかり通販で取り寄せた。内容は、歴史小説、史伝がほとんどで、1冊だけ司馬遼太郎との対談(「日本歴史を点検する」講談社文庫)がある。この中でちょっと変わり種は「孫子(上・下巻)」(講談社文庫)。海音寺潮五郎の数ある著作の中で、古代中国を舞台とする小説は稀な存在である。

「孫子」と言えば、誰しもすぐに思い浮かぶのは「孫子の兵法」であろう。ことのついでに「孫子」のことについてちょっと調べてみたら、「孫子」そのものが兵法書を意味するらしい。孫子の兵法は、13篇から成る兵法書で、古くは武田信玄の旗指物(軍旗)に記された文字「風林火山(疾如徐如侵掠如不動如)」がこの兵法書に由来するものであることはよく知られている。現代においてもこの兵法書を企業経営に活用するための解説書などが種々出版されている。

もちろん書物であるかぎりは著者がある。一般的には、「孫子」は中国春秋時代(紀元前770年-紀元前403年)の思想家孫武が著した兵法書とされてきたが、1972年に銀雀山漢墓から出土した竹簡の中から孫臏(そんぴん)の著作になる兵法書が発見され、これも「孫子」と言う。どちらも「孫子」では紛らわしいので、孫臏が書いたものを「孫臏兵法」とも呼ぶ。

孫臏は、古代中国の戦国時代(紀元前403年-紀元前221年)に活躍した。その名の「臏」は足切り刑のことで、かつての無二の友であった龐涓の姦計に嵌ってこの刑を受けたことが由来のようである。古戦場を実地に踏査して過去の戦史を研究することによって自らの兵法を編み出した言わば秀才型の孫武に対して、孫臏は天才肌の兵法家である。両者が活躍した時代には150年ほどの隔たりがあり、物語の上巻は孫武、下巻は孫臏を主人公とした二本立てとなっている。

たまたま現在読んでいる宮城谷昌光の小説「湖底の城」(講談社)の舞台がちょうど孫武の生きた時代に当たり、春秋時代の楚の名族・伍子胥が主人公となっている。伍子胥は無実の罪で楚の平王に殺された父と兄の復讐を果たすため鄭を経て呉に亡命したときに孫武と出会う。現在刊行されているのは3巻まででまだ孫武は登場していないが、次巻ぐらいからこの小説でも孫武が活躍するものと思われる。

「孫子」で共通するのは、どちらも復讐がからんでいる点で、孫武は伍子胥の楚王に対する復讐に協力し、孫臏は龐涓により自ら受けた足切り刑に対する復讐である。もう一つの共通点は、両者とも功なり名を遂げた後でもこれに奢らず権力に執着することなく隠棲したとされている点である。これも優れた兵法家ならではの知恵であったであろうか。

海音寺潮五郎は、中学四年生のとき司馬遷が著した「史記」に接して強い関心を持ち、漢文を読むのに自信が付き、中国文学研究を一生の仕事と考えるようになった。その後、郷里の中学校の国語教師として勤務する傍ら小説を好き始め、世に認められてからは創作活動に専念するため中国文学研究を断念したという。その意味では彼が「孫子」を書いたのも若き日の夢を別の形で実現させたといえるかもしれない。

彼は日本の歴史を楽しみながら知ってもらいたいとの信念から、「誰でも面白く読めて、しかも正しい日本通史を書きたい」との想いから歴史小説、史伝を数多く手がけている。当然、古文書なども文中に引用するわけだが、読みやすくするため原文を口語訳して記述するなど、一般の人でも理解しやすくするための努力を惜しまない。こうした自分の文学に対する真摯な姿勢が、没後三十数年を経てなお彼の作品が多くの人を惹きつける所以でもあろう。

私が今頃になって海音寺潮五郎や大仏次郎の本を読んでいるのも、確かな歴史認識に立った歴史小説を読み、より深く日本の歴史を知りたいと思うからに他ならない。海音寺潮五郎は、「大化の改新」(河出文庫)の「あとがき」の中で「史学は文学から入門すべきものである」と述べている、それは、「事件と人物が無視に近い程度でしか扱われていない」という従来の歴史教育への批判から来ている。「事件と人物とが密着してこそ歴史知識は確実になるし、始元的興味もあり、昔から言われるように大は政治の知恵となり、小は処世の知恵ともなると思うのだ」とその理由を語っている。

四十代の初め気まぐれに読み始めた歴史小説だが、今となってはそれがライフワークのようになっている。「温故知新」という言葉は、「古きをたずねて新しい事柄を知る」の意であるが私にとってたずねる先はさしずめ歴史小説ということになろうか。好奇心を持ち続けることは人間にとって進歩の原動力であり、自分自身にとって老化防止の観点からも大いに役立つものと考えている。
by shun_photo | 2013-01-21 22:32 | 読 書