野草・野鳥・風景写真集


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一家の主

吉村昭の「一家の主」を読んだ。この本は、1974年に発行されたものだから、今から37年前ということになる。最初に目次を見たときには随筆かなと思ったが、れっきとした小説。内容は、家族の絆を題材にしたものである。

夫である主人公は、結婚当初「一家の主」としての威厳を保ち、妻もそのようにして接していた。しかし、子供が生まれて成長するにしたがって、家の中での妻の存在が徐々に大きくなり、夫は単なる「給料運搬人」と化してしまう。子供たちも中学生以上にもなると、すっかり母親に取り込まれて父親には関心を持たなくなり、何事につけても母親の言うことを聞くようになっていく。

休日ともなれば夫たる者は、仕事の疲れを癒すため家でノンビリしていたいと思うのが人の常であるが、夫のそうした生活態度を見て、妻は邪魔者でも扱うように邪険な態度を示すようになり、次第に夫の居場所が失われていってしまう。気が付けば妻が家の真ん中にドーンと居座って、夫たる自分は片隅に追いやられているような悲哀を味わうことさえある。とは言え、夫婦仲が険悪な雰囲気になるわけでもなく、家族との絆だけが薄らいでいくような淋しさを感じることが多くなった。

それに輪を掛けたのが給与の口座振替だった。それまでは妻に対して「生活費を与えている」ことで一家の主としての体面を保ってきたのだが、今度は妻から「小遣いをいただく」身分になったばかりか、残業代やベースアップの差額などの臨時収入すら白日のもとにさらされ、小遣いにも不自由するような状態に置かれることになってしまった。家庭の経済面からも一家の主としての影が薄くなった夫はますます鬱屈とした日々を過ごすようになる。

夫はいつも残業や上司・同僚などとの付き合いで帰宅は遅くなる毎日を送っていたが、ある日仕事が定時に終えることができたので、たまには早く帰宅すれば妻も喜ぶだろうと思い、寄り道もせずに玄関を開けた。妻「食事はまだ?」、夫「まだだよ」。妻「私たちはもう食事は済ませたし、連絡もなしに突然早く帰ってこられても材料もないので食事の用意はできません」。ここで夫はキレた。

以前、飲み屋で「家出した夫を泊めてくれる館がある」と聞いていた彼は、そこで奮然と家出を決意する。替着や身の回り品を買い求めて館へ行ってみると、たった千円の宿泊費なのに、まるで殿さまになったような行き届いたもてなしを受け、しばらく滞在することを決める。

結果的には数日後、夫の実弟のとりなしもあって家に帰ることになるのだが、そこで妻に出した条件が「一家の主」として、殿さまのような処遇をすること。しかし、それも長くは続くまいと内心では思うのだが、妻からそれに従うとの言葉を得て帰宅を決めた。

この物語はもちろんフィクションであり、しかも時代が現在とは大きく異なる。一概にこういう家庭ばかりとは言えないものの、世の夫の中には家出はともかくとして、これに似たような経験をされた方もおいでだと思う。曰く「夫元気で留守が良い」。これは多くの妻たちの偽らざる気持ちではないか。長年仕事を勤め上げて、リタイアしてようやく安穏な暮らしに戻った夫に対して、「濡れ落ち葉」、「俺も族」などと蔑みに満ちた言葉が陰で交わされていることは珍しいことではない。

夫婦であれ、親子であれそこに人間関係があることに変わりはなく、それゆえに一方だけが悪いということはそれほどあるとは思えない。世の夫たる者、妻から邪険にされないためには趣味に勤しむなり、ボランティア活動をするなどして外の空気にも触れ、日ごろから自分の「居場所」を作っておくことも大切であろう。夫婦で共通の趣味を持つことも結構だとは思うが、まかり間違えばそれが争いの元にもなりかねないので留意する必要がある。

バブルがはじけて久しい。国も企業も疲弊し、その後の我々の生活は非常に厳しいものがある。世の中の風潮も、こうした世知辛い世相を反映して些細なことにも目くじらを立てて騒ぐ。マスコミがさらにそれを助長してギスギスとした世の中になってしまい、精神の「寛容」さが失われている。地域の連帯は遥か以前に失われ、今では「無縁社会」なる言葉が語られるようになった。家族の絆さえ、「老人の孤独死」が問題視されているように、すべての人間関係が希薄になっている。なんとかならないものか。この小説を読んでふとそんなことを考えた。
by shun_photo | 2011-03-05 23:22 | 読 書