野草・野鳥・風景写真集


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野草図鑑データ整備

このところ野草散策にも出掛けず、野草図鑑のデータ整備にかかりきりになっていて、まさに引き籠り状態。現在のところ失われた369件のデータのうち、ようやく218件のデータを調べ終えた。なにしろ10件も調べると作業に嫌気がさしてくるので、小説を読んだりして気分転換を図り、また続けるということの繰り返し。こんな状態だから一日に出来るのはいくら頑張ってみても40件が限界。

蔵書の野草図鑑はもとより、ネット情報なども参考にしながら作業をするわけであるが、どのサイトを見ても調査項目の何かが欠けており、自分が必要とする情報を一覧できるサイトはまず皆無といってよい。その中でも、和名の由来を調べるのが最も大変で、一つだけの情報だけでは心もとないので、いくつかの情報を比較して最もふさわしいと思われるものを選択し、文章表現も自分なりに工夫しながらの作業となり、1件調べるのに30分以上かかることも稀ではない。

野草の種名には比喩がよく用いられる。たとえば、サクラソウモドキはサクラソウに良く似た花、バイカオウレンはウメの花によく似たオウレンという意味であるが、それだけでは味気ないので比喩の対象となった花名の由来まで調べることとなる。消失した野草図鑑にはよく比喩に使われる野草の和名由来一覧があったのだが、今更それを作り直す気にもなれず、現存するデータの中から必要に応じて引用している。

野草の名前を覚えるには和名の由来を知っていると親しみも湧き、名前も覚えやすくなることから可能な限り調べることにしている。また、野草の分布地域、生育環境、草丈、花期などは初見の野草を同定する場合には重要な要素であり、欠くことができない情報である。野草図鑑は、まずは自分の今後の参考のために作成しているものであるが、同時にそれをホームページ上で公開することによって、同種の興味を持っている人が野草の名を同定するに際しての一助ともなればというつもりで作成しているので、できるだけ多くの情報を掲載したい。

本来であればこうした基礎的な情報の他に、野草の花や茎、葉の状態などの特徴を掲載するとさらに利用価値が高まるとは思うが、これまで年間100~200種の初見花があって、その追加作業に追われているのが現実で、現在のところとてもそこまでは手が回らない。ああ、助手が欲しい。(笑)
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# by shun_photo | 2011-03-10 13:56 | ときどき日記

一家の主

吉村昭の「一家の主」を読んだ。この本は、1974年に発行されたものだから、今から37年前ということになる。最初に目次を見たときには随筆かなと思ったが、れっきとした小説。内容は、家族の絆を題材にしたものである。

夫である主人公は、結婚当初「一家の主」としての威厳を保ち、妻もそのようにして接していた。しかし、子供が生まれて成長するにしたがって、家の中での妻の存在が徐々に大きくなり、夫は単なる「給料運搬人」と化してしまう。子供たちも中学生以上にもなると、すっかり母親に取り込まれて父親には関心を持たなくなり、何事につけても母親の言うことを聞くようになっていく。

休日ともなれば夫たる者は、仕事の疲れを癒すため家でノンビリしていたいと思うのが人の常であるが、夫のそうした生活態度を見て、妻は邪魔者でも扱うように邪険な態度を示すようになり、次第に夫の居場所が失われていってしまう。気が付けば妻が家の真ん中にドーンと居座って、夫たる自分は片隅に追いやられているような悲哀を味わうことさえある。とは言え、夫婦仲が険悪な雰囲気になるわけでもなく、家族との絆だけが薄らいでいくような淋しさを感じることが多くなった。

それに輪を掛けたのが給与の口座振替だった。それまでは妻に対して「生活費を与えている」ことで一家の主としての体面を保ってきたのだが、今度は妻から「小遣いをいただく」身分になったばかりか、残業代やベースアップの差額などの臨時収入すら白日のもとにさらされ、小遣いにも不自由するような状態に置かれることになってしまった。家庭の経済面からも一家の主としての影が薄くなった夫はますます鬱屈とした日々を過ごすようになる。

夫はいつも残業や上司・同僚などとの付き合いで帰宅は遅くなる毎日を送っていたが、ある日仕事が定時に終えることができたので、たまには早く帰宅すれば妻も喜ぶだろうと思い、寄り道もせずに玄関を開けた。妻「食事はまだ?」、夫「まだだよ」。妻「私たちはもう食事は済ませたし、連絡もなしに突然早く帰ってこられても材料もないので食事の用意はできません」。ここで夫はキレた。

以前、飲み屋で「家出した夫を泊めてくれる館がある」と聞いていた彼は、そこで奮然と家出を決意する。替着や身の回り品を買い求めて館へ行ってみると、たった千円の宿泊費なのに、まるで殿さまになったような行き届いたもてなしを受け、しばらく滞在することを決める。

結果的には数日後、夫の実弟のとりなしもあって家に帰ることになるのだが、そこで妻に出した条件が「一家の主」として、殿さまのような処遇をすること。しかし、それも長くは続くまいと内心では思うのだが、妻からそれに従うとの言葉を得て帰宅を決めた。

この物語はもちろんフィクションであり、しかも時代が現在とは大きく異なる。一概にこういう家庭ばかりとは言えないものの、世の夫の中には家出はともかくとして、これに似たような経験をされた方もおいでだと思う。曰く「夫元気で留守が良い」。これは多くの妻たちの偽らざる気持ちではないか。長年仕事を勤め上げて、リタイアしてようやく安穏な暮らしに戻った夫に対して、「濡れ落ち葉」、「俺も族」などと蔑みに満ちた言葉が陰で交わされていることは珍しいことではない。

夫婦であれ、親子であれそこに人間関係があることに変わりはなく、それゆえに一方だけが悪いということはそれほどあるとは思えない。世の夫たる者、妻から邪険にされないためには趣味に勤しむなり、ボランティア活動をするなどして外の空気にも触れ、日ごろから自分の「居場所」を作っておくことも大切であろう。夫婦で共通の趣味を持つことも結構だとは思うが、まかり間違えばそれが争いの元にもなりかねないので留意する必要がある。

バブルがはじけて久しい。国も企業も疲弊し、その後の我々の生活は非常に厳しいものがある。世の中の風潮も、こうした世知辛い世相を反映して些細なことにも目くじらを立てて騒ぐ。マスコミがさらにそれを助長してギスギスとした世の中になってしまい、精神の「寛容」さが失われている。地域の連帯は遥か以前に失われ、今では「無縁社会」なる言葉が語られるようになった。家族の絆さえ、「老人の孤独死」が問題視されているように、すべての人間関係が希薄になっている。なんとかならないものか。この小説を読んでふとそんなことを考えた。
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# by shun_photo | 2011-03-05 23:22 | 読 書

2011 最新伊吹野事情 PARTⅡ

先日、伊吹を訪れたとき「セツブンソウふれあい祭」に写真を出品する約束をしたので、今日、それを持参しがてら伊吹野の様子を見てきた。あれから10日近く経っていて、その間に雨も降っているのでかなり雪は溶けていた。伊吹山自体は1合目辺りまで雪に覆われていて、花が見られるのは随分先になりそう。

上平寺付近での積雪深は10cm程度。小泉では場所により10~30cm。樹木の下などでは円形に雪が溶けているところもあった。とはいえ、セツブンソウはほんのチラホラ。ようやく顔を出したかなというところ。

セツブンソウ
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セツブンソウの咲く場所から少し山側へ入ったところを見てみたらスズシロソウが2株ばかり開花。
セントウソウも姿は見かけたものの、まだまだこれからといった感じ。傍にあったコハコベが綺麗だった。

スズシロソウ
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セントウソウ
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コハコベ
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大久保はかなり雪が溶けていて、ここの積雪深は10~15cmほど。セツブンソウの花数はそこそこ多かった。この調子でいけば「セツブンソウふれあい祭」には十分間に合いそうな雰囲気。下板並はまだ雪が多く、30~40cmはあっただろうか。

セツブンソウ
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帰り道にシュンランの咲くところへも寄ってみたけど、花芽は増えていたものの、まだ開花までには時間がかかりそう。ひょっとしたら「セツブンソウふれあい祭」の頃なら見れるかも。さらに足を伸ばして三島池へも立ち寄った。これといった花はなかったが、池のほとりにあるネコヤナギがふっくらとしてきた。
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# by shun_photo | 2011-03-03 21:49 |   滋賀県

ザゼンソウ

雪中のザゼンソウを撮りたいと思っていたところ、野草仲間からタイミング良くお誘いを受けて出かけた。自宅を出発する頃から空がドンヨリと曇り、今にも降り出しそうな天気。途中、コンビニに立ち寄って傘を買い、雨に備えた。道路を走っていたときには両側に雪があったので期待していたが、現地へ着くと雪はすっかり消えていた。どうやらここのところの雨で溶けてしまったものらしい。

撮影を初めて2時間近く経った頃、案の定ポツポツと降りだした。さて、引き上げる前に今日の写真を見てみようとカメラのプレビューボタンを押したら「カードがありません」のメッセージ。アレー!。今までカードが装着されていないことに全く気が付かず、一生懸命撮っていたとは・・・トホホ。ズボンのポケットを探るとそこにカードがあった。昨日、カメラの撮像素子のクリーニングへ行ったときにカードを取り出したままになっていたのだ。やるせない想いでまた最初から撮り直し。(泣く)

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# by shun_photo | 2011-03-01 22:00 |   長野県

暇はあれども・・・

三年前に仕事をリタイアして以来、「サンデー毎日=毎日が日曜日」 の日々が始まった。そのときは、今まで考えていても時間がなくて出来なかったことが思う存分出来るようになると、胸躍る気分であった。元々、以前から趣味は最低4つは持ちたいと考えていた。つまり、インドア・アウトドア、単独・複数の組み合わせである。自分一人で出来る趣味として、インドアでは読書・パソコンいじりなどがあり、アウトドアでは野山歩きなどがある。複数の人で行うことには、インドアでは囲碁・麻雀、アウトドアではゴルフ(私は未経験)やテニスなどといったところか。

なぜそのようなことを考えたかというと、身体的健康を維持するためにはスポーツなどによって身体を鍛えることが有効であるし、精神的健康を維持するためには、物事に対する好奇心を失わないことや社会との関わり(外部との人間関係)を絶やさないことが大切だと思ったからである。それと、インドア・アウトドアには、天気が晴れても雨が降っても「何か」は出来るようにしたいという意味がある。つまり「晴耕雨読」の生活を可能とするためだ。もっとも、「晴耕」の方は我が家には田も畑もないので野山歩きということになるのだが。

さて、いよいよ時間を自由に使えるようになった現在はどうか。どうも人間には適度のストレスが必要なようで、時間が有り余ると「いつでもできるから」と安易に考えて、結局は簡単に出来ることでも一日伸ばしにしたり、「どうしてもやらなくてはならないことでもないから」などと自分勝手な理由をつけて、意欲そのものが次第に薄れてきているような気がする。

仕事をしていたときは平日でも寸暇を惜しんで趣味に没頭ししたものだった。これは、「仕事」による時間的制約があるから自由時間が貴重であり、その価値が高かったのだろう。時間が売るほどある現在では時間の価値が相対的に低下していることは間違いのない事実である。ここらで初心に返る必要がありそうだ。

趣味が義務になってはいけないが、漫然と続けているより何がしかの目標を持つことは必要だと思う。今のところ、自分一人でも出来る読書とパソコン、野草散策(撮影)だけは続いているので、これからは複数人でしか出来ないことを手掛けたい。一番手っ取り早いのは囲碁。碁会所へ行けば必然的に見ず知らずの人と対戦することとなり、そこに会話も生まれる。顔馴染みともなれば「そこらでチョイト一杯」という機会も出てこようというものである。それもまた楽しからずや。

カラスノエンドウ
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# by shun_photo | 2011-02-27 22:22 | ときどき日記